のんびり日記190526

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朝からフェースブックへ記事をリンクさせられない状態になっているんです。
どこのなにが原因でこういう症状になるのかがわからない、困りますね。
機械に翻弄されている自分が、情けない気持ちです。
ブログへは、此処もそうですが、順調に動いてくれています。
もう11時前になっていて、ちょっと気持ち焦っています。
のんびり、といいながら、焦っているんだから、困ったもんです。
昨日、ギャラリー176へMATUBARAさんの展覧会を見に行きました。
2004年に北京からモスクワへ列車旅行した時の風景、冬、シベリア鉄道ですね。
淡々とした語り口で、モノクローム写真が、列車の旅の情緒を伝えてきます。
ウラジオストックからモスクワ経由でパリに至る、というのが1960年代の話。
ぼくは北海道までしか行けてないけれど、荒野をめざす夢がありましたよ。
さらばモスクワ愚連隊、なんて五木寛之さんの小説に憧れたりしたものでした。
そんなことを思い出させていただいた、写真展、いい時間を過ごしました。

のんびり日記190525

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きのうの話をしておかなくちゃいけませんね。
あなたのために、というよりぼく自身の記録のために、が妥当かと思いますが。
暑い日でしたが、宇多天皇陵の山へのぼろうと思って、バス59番で御室仁和寺へ。
その天皇陵は仁和寺の奥の山の中腹にあるのです。
昨年秋にのぼっていったので、道順は承知していて、急斜面をよじ登っていく感じ。
先日、嵯峨天皇陵へ行っているから、その流れの続きで宇多天皇陵へ行こうと思ったのです。
宇多天皇は59代目で在籍887年から897年、嵯峨天皇は52代目で809年から823年です。
京都の地理からいえば、宇多天皇陵は、双ヶ岡の北の山地に位置していますね。
この宇多天皇陵と嵯峨天皇陵が、この界隈では山道を登っていかないと行けない。
夏になる前、令和元年五月に、デジカメとスマホで、写真に収めておきたい被写体。
この山へ葬列があったわけですが、その時の様子をイメージしますが、明確でない。
天皇の葬列といえば昭和天皇の葬列の模様しか知らないから、資料を探さないと。
山から下りるときは、のぼりとは別ルートで下りてきたら、共同墓地の処でした。
前にも別ルートで下りたところ、竜安寺の裏の天皇陵の処でした。
なんでいま天皇陵へ行って、写真にして、記録しているのか、です。
しだいに、イメージがふくらみ、ひろがってきていて、豪族秦氏との関係とか。
平安京が造成される前後の、いってみれば権力の構図ですが、興味あるところです。
そこに生身の人間がいた、という事実にイメージをふくらませているのです。
といったって写真には、イメージは撮れなくて、今ある姿しか撮れないわけです。
京都の北西一帯、宇多野、太秦、嵯峨野、この界隈に点在している古墳から天皇陵です。
なんとなく、日本生成のころが、イメージとしてわかってくる気がしています。

のんびり日記190524

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手元にある文学大系をパラパラとめくってみています。
現代文学大系の第一巻は、坪内逍遥、二葉亭四迷、北村透谷、この三人集です。
第二巻は、尾崎紅葉、泉鏡花、この二人集です。
現代文学大系というけれど、発行は昭和40年代、筑摩書房からの刊行です。
日本の近代化が始まる明治期の20年代あたりでしょうか、近代文学の始まり。
130年ほど前でしょうか、この全集を手にしたのは、今から50年以上前です。

外観ばかりの話で、内容には触れていけませんが、近代文学の話、概論です。
ええ、文学史には結構興味があったから、それなりに勉強したと思っています。
でも、まあ、ぼくの能力では、アバウトでしかなくて、専門家には成れないと自覚。
ならば、小説を書いていこうと思ったけれど、テーマをえぐるほどの力なく、を自覚。
いま、なにを思ったのか、近代日本文学の初めに戻って、今を考える、できるかなぁ。
あんまり難しいことは言わないで、ふにゃふにゃ、雲の上を歩いていこう、ですね。

この15年間、小説を試みてきて、ネットで発表していて、けっこうな量になっています。
内容はけっこうアダルトなので、公式には名前を隠しているところで、ペンネームです。
自分で、いろいろと実験的に、フィクションを書いていますが、いま、ストップしています。
見直しの時期に来ているのかなぁ、と思って、近代文学の初めに戻った、というところです。
いまさら、精力体力が減退していて、無理がきかない年代ですから、ぼちぼちでいい。
このようにも思えて、のんびり日記、ここのタイトルに準じていこうかなぁ、と。

のんびり日記190522

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はっや、もう、5月22日、夏日になりました、暑かったですね。
嵯峨の山、嵯峨天皇陵の山へ登りました。
登るつもりでしたから、苦にはなっていません、やれやれの気持ちです。
三度目になるのか、つづら折れの石と砂利の道を登って、参拝しました。
手を合わせるかわりにカメラを構えてシャッターを切ります。
この御陵はぐるっと一周できるので、ぐるっと回って写真におさめました。
G5Xを使っていて、これをメインで撮っていて、スマホ、アンドロイドでも撮る。
インスタグラムにアップするのと、ブログに載せるために、スマホ、エクスペリアです。
カメラは、この三年かえていないから、いささか今そのモノではないようにも思いますが。
それなりに写っていると、思っています。

のんびり日記190521

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少し前にMONJIさんと西院で、お昼に食べたとんかつ定食です。
京都にしては安くてボリュームがあってお得な気分になれましたよ。
そう、食べ物は必需品なのに、値段が上がって、生活を圧迫してきますね。
べたな話、食料品、すこしずつ値上がりしていて、思い悩んでしまいます。
期限切れ寸前で30%OFFとか半額とか、そういう食料品を見つけては買う。
生活防衛ですね、相対的に収入が減って、支出が増える感じで、この先どうなるのか。
まあ、愚痴ったってどうしようもないとは思うけど、これは本音です。
せめて気分だけでものんびり豊かに、と思っていても、現実にはそうはいかない。
やられたらやりかえせ、この感覚、ぼくらの世代の共通感覚じゃないか、たぶんね。
今日はここまで。



のんびり日記190520

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曇りのち雨となった日、ワークショップの打ち合わせをしました。
文学系のワークショップを引き受けてもらうUENOさんと話し合いました。
現代表現研究所を名乗って、中身を作っていこうとしている最中です。
これから始まってい枠組みの中身を、言葉とイメージで想像しています。
新しい時代を創っていくコンセプトを、感覚として感じる、ここからがはじめです。
理論と感覚、なんて命題がありましたけど、理論という枠からはずして感覚を優先する。
文学運動みたいな、芸術運動みたいな、ムーブメントになれるかどうか、です。
外見ばかりをなぞってみても、技術の新しさは作れても、中身はがらんどうです。
この中身こそ詰めていくのが、これから始まるムーブメントなわけです。
今日はここまでです。